一番うまいもの

ある宴席のことである。酒を飲み、並べられた料理を食べながら、いつしか話題は
一番うまいものは何かという話しになっていった。
皆、自分の食べたうまい物や、話しには聞いたことがあるだけの物などを口々に言い合い、
大いに盛り上がったという。
ところが、この話しに加わらず、隅っこで一人、黙って酒を飲んでいる男がいた。
「おい、こっちに来て話に加わらんか。」そう声をかける者があった。
「おぬしは、何かうまい物を食ったことがないのか。」
皆の注目をあびる形になった男は、少し考えるとこう言った。
「塩、でございますか。」
皆は意表をつかれてた。
「なんと、塩とは…」と苦笑する者もあった。
しかし、ひどく感心する者もあって、
「うむ、たしかに塩が無くてはどんな料理も台無しだ。」
と褒める者もあった。この、褒めた者が身分の高い者だったこともあり、他の者も
口々に男のことを褒めそやした。
男は、黙って酒を飲んでいた。



そんなことがあってから、今まで目立たないと思われていた男が、なかなかの知恵者だと
評判になった。男はそれを気にかける様子も無く、それがますます評判を高めた。
そうすると、それを快く思わないものも出てくる。
「しかし、あやつはどうしたものかな。」
「わたくしに、よい考えがあります。皆の前で大恥をかかせてやりましょう。」
「何か策があるのか。」
「今度の宴席の時に…」



それから何日かした宴席のことである。まだ始まってはいない。
そこに男が入ってきた。皆がいっせいに注目した。
男の座った席の膳には酒の他には皿に盛った塩があるだけだ。
「さてさて、皆がそろったところで宴を始めようではありませんか。」
こう言ったのは、この宴席をたくらんだ者である。
一見何事もないように宴は始まったが、皆は男がどうするか興味津々だった。
怒って帰るか、それとも料理を持ってきてくれるように頼むか。どちらにせよ男の
負けである。



男は、塩を指でつまんで口に含むと、黙って酒を飲んだ。



(2003.3.9)


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