サンタクロースへの手紙１
「ねえ、サンタクロースって本当にいると思う。」
小さな店のカウンターで飲んでいると、近くにいたカップルの話が耳に入ってきた。サンタクロースがいると言っている女性と、そんなのいるわけないという意見の男性のようだ。
「じゃあ、サンタに会ったことでもあるっていうのかい。」
「そうじゃないけど…」
「ほら、つまりサンタを見たことのある人はいない。ゆえにサンタは存在しない。証明終わり。」
「そうかしら、じゃあニュートリノも存在しないのかしら。誰もニュートリノを見た人はいない。ゆえにニュートリノは存在しない。証明終わり。」
「なに言ってんだよ。ニュートリノはちゃんと観測されてるよ。」
「間接的に、でしょう。」
彼女はそこでいったん言葉を切って、グラスを目の高さに持ち上げた。
「実は私もサンタクロースを間接的に確認したことがあるのよ。」
そう言ってウインクした。
「本当？」
「聞きたい？」
彼女はそう言って微笑むと話し始めた。
「子供の頃の話なんだけどサンタクロースに手紙を書いたことがあるのよ。そしたらクリスマスの朝に枕もとにお願いしたプレゼントが置いてあったの。」
「なんだ。そんなの君のお父さんか、お母さんが置いたに決まってるじゃないか。」
男は莫迦にしたように言った。
「最初は私もそう思ったの。手紙を書いたのはお母さんも見てたし、手紙を出すのもお母さんに頼んだから中を見ることも出来たはずよね。でもその次の年は自分ひとりで書いて直接ポストに入れたのよ。それでもプレゼントはちゃんと枕もとにあったの。」
「手紙でお願いしたやつがかい。」
「そうなの、不思議でしょ。勿論、手紙のことは誰にも話さなかったから、両親には私が何をお願いしたかわからないはずなの。」
「うーん。ところで宛先はなんてかいたの。サンタクロースさんへ？」
「そう、住所も書かないでサンタクロースさんへとだけしか書かなかったから普通ならどこにも届かないはずでしょ。でも、ちゃんとサンタさんにとどいいたのよ、きっと。」
「えー、そんなはずはないよ。そうだ、お母さんが、こっそりあとをつけていて、君が手紙を出したあとにポストの前でまっていて、郵便局の人が手紙を回収に来た時にわけを話して手紙を返してもらったんじゃないかな。」
「そんなはずはないわね。だって手紙を書いたのは秘密にしていたのよ。手紙を出す時もわからないようにこっそり出したんだから。」
「いや、ぜったいに何か仕掛けがあるんだよ。」
「何かって何、説明してよ。」
「いや、それはわかんないけど。そうだ、そういえばこの間読んだミステリーで。あ、いや何でもない。」
男は何かを言いかけて、打ち消した。
「なに。言いなさいよ。」
「その話では、登場人物の一人の体験として超能力の話をしたんだ。で、みんなが色んな質問をするけれど、その超能力のトリックを見破れないんだ。」
「その話なら、私も知ってる。それじゃあ、私がウソついてるって言うの。」
どうも、険悪な雰囲気になってきたようだ。少し前からトイレに行きたいのを我慢して話を聞いていたのだが、このすきに行く事にした。
トイレにから戻ってくる時に、ちょうど男が会計をすませたばかりらしく、財布をポケットにしまいながら、壁にかけてあったコートをつかんで、こちらに急ぎ足で来たのとぶつかりそうになった。
「あっ、どうも失礼。」
男はそう言うと足早に店から出て行った。
私は、床に落ちていた物を拾うと、自分の席に戻った。サンタクロースに手紙を出した彼女は一人でグラスを見つめていた。けんか別れでもしたのだろうか。
「何か見えますか。」
私は思いきって彼女に声をかけた。
（つづく）
ｒｅｔｕｒｎ ｔｏ Ｘ